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札幌地方裁判所 平成3年(行ウ)7号 判決 1992年9月18日

北海道苫小牧市桜木町二丁目二の五

原告

山本克己

右訴訟代理人弁護士

林裕司

苫小牧市旭町三丁目四番一七号

被告

苫小牧税務署長 大森進

右指定代理人

栂村明剛

堀千紘

角野耕次

桜井博夫

高橋徳友

荒木伸治

平山法幸

主文

一  「被告が平成元年九月八日をもって原告に対してした昭和五九年分以降の所得税の青色申告承認取消処分を取り消す。」との原告の訴えを却下する。

二  「被告が平成元年九月一一日をもって原告に対してした昭和五九年分以降の所得税の青色申告承認の取消の通知を取り消す。」との原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成元年九月八日をもって原告に対してした昭和五九年分以降の所得税の青色申告承認取消処分を取り消す。

2  被告が平成元年九月一一日をもって原告に対してした昭和五九年分以降の所得税の青色申告承認の取消の通知を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は重機修理業を営む者であり、被告は税務署長である。原告は、昭和五五年分以降の各年分の所得税につき、青色申告の承認を受けていた。

2  取消処分の存在

被告は、平成元年九月八日、原告に対し、昭和五九年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消す処分(以下、「本件取消処分」という。)をした。

(1) 原告は、平成元年九月四日から同月七日まで、苫小牧税務署及び札幌国税局合同の税務調査を受けた。

(2) 右税務調査は、「任意」調査である旨の建前のもとで行われたが、実際は、原告の自宅のタンスの中まで強引に調べたり、トイレに行くときまで監視するなど強制調査と何ら変わりのない態様、内容で行われ、原告に心理的圧力を加えた。

(3) 原告及びその妻満子は、同月八日午前、呼び出しを受けて同税務署におもむき、原告名義の申述書を提出した。

(4) 右申述書は、原告が、その場に同席した札幌国税局職員池田の手による下書きを、その正否を判断する余裕もなくその要求に応じてそのまま全文清書したものであり、原告が任意に作成したとはいい難いものであった。

(5) 満子は、同日午後、再度呼び出しを受けて同税務署におもむき、昭和五九年分から昭和六三年分までの白色修正申告書に原告名で署名・押印したうえ、右修正申告書の控えを受領するとともに、被告に右修正申告書を提出した。

(6) 満子が右のとおり署名・押印したのは、同職員から、原告に対する青色申告の承認が取り消される旨告知され、昭和五九年分から昭和六三年分までの白色修正申告書用紙に原告名で署名・押印するなら「取引先に迷惑をかける事はない」「新聞に載る事はない」「これ以上脱税は追求しない」旨恫喝されたからである。満子は、右職員の発言により心理的に追い詰められ、正常な判断能力を喪失した状態で、所得金額、修正申告納税額その他所定事項につき全て記載済みの右用紙に、その内容につき何ら説明も受けないまま、単に原告名義で署名・押印しただけであった。

(7) 右(1)ないし(6)の経過からするならば、被告職員による白色修正申告書の作成、その提出の勧奨、それに基づく満子の右修正申告書の提出という一連の行為は、全体として原告に右修正申告を強制したのに等しいものであり、被告による公権力の行使に当たる行為といいうる。そして、右修正申告書の内容が、青色申告の承認の取消処分を前提として、具体的租税債務を確定するため昭和五九年分から昭和六三年分で課税標準及び税額を修正するものとなっていることからすれば、右修正申告により、昭和五九年分以降の青色申告の承認取消に基づく原告の租税債務は具体的に確定したというべきである。右公権力の行使に当たる行為によって租税債務が具体的に確定したということは、その課税原因となる青色申告承認取消処分も併せて行われたということになる。

すなわち、青色申告の承認を取り消した場合には、従前青色申告の承認によって受けていた利益について、新たに更正処分をするかまたは修正申告をさせることによって、右利益部分につき具体的に租税債務を確定させる必要が生じるところ、本件において、平成元年九月八日に同税務署職員が原告に白色の修正申告書を提出させたということは、その前提として、被告の原告に対する青色申告の承認を取り消す処分が同日以前になされていたことを示すにほかならない。

したがって、以上を総合すれば、原告が昭和五九年分から昭和六三年分までの白色の修正申告書を提出し、被告がこれを受理した平成元年九月八日の時点で、被告の原告に対する昭和五九年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消す旨の処分が成立したものというべきである。

3  通知の存在

被告は、平成元年九月一一日、原告に対し、本件取消処分につき、書面による通知(以下、「本件通知」という。)をした。

4  本件取消処分及び本件通知の違法

しかし、本件取消処分及び本件通知は、以下のとおり、いずれも所得税法一五〇条二項に違反する。

(1) 本件取消処分

所得税法一五〇条二項は、青色申告の承認を取り消す旨の処分をする場合には、取消の基因となった事実が同条一項各号のいずれに該当するかを附記した書面により通知しなければならない旨規定しているところ、被告は、平成元年九月八日、本件取消処分をするについて右のような内容の書面による通知をしなかった。よって、本件取消処分は、同条二項に違反する。

(2) 本件通知

所得税法一五〇条二項によれば、本件通知は本件取消処分のなされた平成元年九月八日になされるべきところ、被告は、同月一一日に通知したのであるから、本件通知は同条同項に違反する。

5  よって、原告は、本件取消処分及び本件通知の各取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。同2の(1)(3)(5)の各事実は認めるが、(2)(4)(6)の各事実は否認し、(7)は争う。請求原因3の事実は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1) 被告が原告に対し本件取消処分をしたのは、平成元年九月八日ではなく、同月一一日である。

<1> 行政処分として有効に成立するためには、その主体、内容、手続、形式等のすべての点について、法の定める要件に適合することを要するのであって、法の定める行政行為の成立要件を全く欠き、外観上の行政行為に相当するものが全く存しないときは、行政行為は「不存在」といわなければならない。青色申告承認の取消処分は、所得税法一五〇条二項により、書面による通知によりなされなければならないのであるから、右通知がなければ法の定める取消処分の成立要件を欠き、外観上も取消処分に相当するものが全く存在しないことになる。したがって、通知のいまだなされていない平成元年九月八日においては、本件取消処分が成立していないことは明らかである。本件取消処分は、被告が青色申告承認の取消通知書を作成しこれを原告に交付した平成元年九月一一日をもって成立したものである。

<2> 平成元年九月八日には、苫小牧税務職員は、後日、被告が原告に対し、青色申告承認を取り消したうえで更正処分と重加算税の賦課決定処分をすることをみこして、原告の記帳経理担当者としての事業専従者である満子に対して、前もって原告が自発的に修正申告書を提出することを勧めただけである。したがって、同日、同税務署職員が満子に対し白色の修正申告書を勧奨したからといって、青色申告承認の取消処分があったとはいえない。

<3> 白色修正申告書の提出過程に被告の違法な勧奨があったとの原告の主張は、本件取消処分の存在、不存在、適法、違法の判断には無関係である。

(2) 被告の本件取消処分が平成元年九月一一日になされたものである以上、本件通知は同日原告に交付されたのであるから、被告の行為に所得税法一五〇条二項に反する違法はない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2の主張事実について、判断する。

当事者間に争いのない同2の(1)(3)(5)の各事実、証人山本満子の証言、同証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八号証ないし第一三号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、平成元年九月四日から同月七日まで、苫小牧税務署及び札幌国税局合同の税務調査を受けた結果、売上除外、リース料架空計上等の脱税が発覚したこと、その際、右調査に立ち会った原告の妻で、経理を担当していた満子は、税務署職員の言うことには従わなければならないと考え、右調査に協力したこと、原告及び満子は、同月八日午前、呼び出しを受けて同税務署に行き、同署職員からその記載方法、内容等を教えられながら、右売上除外、リース料架空計上等の脱税を認める旨の原告名義の申述書を満子において作成、提出したこと、その際、満子は、同署職員から青色申告の承認を取り消すかもしれないと言われたこと、満子は、同日午後、再度呼び出しを受けて同税務署に行き、同署職員の勧奨のままに、青色申告承認が取り消されることを前提として所得金額、修正申告納税額等の所定事項が事前に記載されていた昭和五九年分から昭和六三年分までの白色修正申告書に原告名義で署名・押印したこと、その際、満子は同署職員から「取引先に迷惑がかかることもないし、新聞に名前が出ることもないし、これ以上、脱税の追求もしないから、右修正申告書に署名・押印するように。」と言われ、原告の商売を維持するためには、修正申告書を提出した方がよいと判断し、右勧奨に応じたことが認められる。

しかし、右各事実によっても、平成元年九月八日に被告が原告に対し青色申告の承認を取り消す旨の確定的告知(通知)をしたとは認められないうえ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一四号証によれば、苫小牧税務署内で作成された原告の青色申告の取消決議書においては、右取消を起案した日及びそれを決裁した日は平成元年九月一一日とされていること、証人山本満子の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第九号証ないし第一三号証によれば、昭和五九年分から昭和六三年分までの原告名義の白色修正申告書の受理印の日付はいずれも平成元年九月一一日とされていること、成立に争いのない甲第一一号証、弁論の全趣旨によれば、同日、被告から原告に対し理由を附記して青色申告承認を取り消す旨の通知がなされたことがそれぞれ認められ、これらの事実を総合すれば、平成元年九月八日に白色修正申告書が提出された段階では、被告の担当職員において原告に対する青色申告の承認を取り消す方針がほぼ定められていたといいうるとしても、手続上、被告自身の行政処分として正式に確定して原告に対する確定的告知(通知)があったとまではいえないから、主張の行政処分があったとはいえず、平成元年九月一一日の原告に対する青色申告承認取消の通知によりその取消処分がされたと認めるのが相当である。

三  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。そして、前記のとおり、本件通知により原告に対する青色申告承認の取消処分がなされたと認められる。

四  以上の検討からすれば、請求原因4の主張事実は理由がないことが明らかである。

五  よって、原告の本訴請求の趣旨第一項は、訴訟要件である行政処分の存在が認められないことに帰するからこれを却下し、同第二項は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 吉村典晃 裁判官 波多江久美子)

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